thinkLog.

とある社会人の思考ログ。個人的な冒険の書。

先入観は時に非常に恐ろしい

「あなたには文章を書く才能がある」
「これは論文ではない、随筆だわ」
「これはそうね、webページのコラムのようね」

私が人生で頂いた、自分が書いた文章に対する評価をまとめた。
一つ目の輝かしい褒め言葉は、確か小学生時代に作文を提出して頂いたものであり、二つ目が大学入学当初、初めて演習で論文を提出した時、三つ目は卒業論文を提出し、教授から頂いたコメントである。
なんという変遷。才能はどこに行ってしまったのか不明であるし、随筆はWEBコラムに遷移した。
この非常に残念な変遷が何故生じてしまったのか、強く思い当たるものがある。それは、「本を読まなかったこと」だ。
小学生から大学生の間、思い返せば本当に本を読まなかった。決して読めなかったわけではない。読まなかった。視力を失ったわけでもないし、時間が無かったわけでもない。ただ、興味が無かった。

時間とは有限で、かつ非常に平等なものだ。どれだけ他人と差異があっても、1日24時間というルールは変わらない。本を読むという行為に、時間を割かなかった私は、ゲームや、インターネットや、旅行や、アルバイトに時間を費やした。読書という行為に対する興味と比較すると、はるかにインターネットや旅行に対する興味の方が強かった。

何故、興味が持てなかったのかを考えてみると、思い当たるものは「読書の楽しみ方を知らなかった」ことだ。「早く次のページをめくりたくて仕方がない」という経験をほとんどしたことがなかった。その代わりに「読書とは非常に退屈で、辛抱が必要な行為」という非常に残念極まりない先入観を持ちながら、学生時代を過ごした。
これでよく文学学術院とも呼ばれるところに4年間も通ったものである。

価値観とは日々移りゆくもので、私の読書に対する先入観も、少しずつ変わった。社会人になってから本を読むようになった。ここでいう本とは、小説だけを指す。ビジネス書は本だとは思えない。これもまた変なこだわりだが。

読んだ小説が増えていくことによって、私自身の文章や、精神や、物の見方は、変わっていくのか、変わるとしたらどのように変わるのか、楽しみである。

気が向いたら書評のようなものもここで書いてみたい。